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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)9505号 判決 1992年8月27日

原告

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

中島通子

中下裕子

被告

日ソ図書株式会社

右代表者代表取締役

菰田尚夫

右訴訟代理人弁護士

児玉公男

斎藤祐一

後藤出

主文

一  被告は原告に対し、金四六六万一一九一円及びこれに対する昭和六三年七月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一二二八万四六八二円及びこれに対する昭和六三年七月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求原因

一  当事者

1  被告は、昭和三九年一〇月に設立された主としてロシア語書籍の輸入販売を業とする資本金五〇〇万円の株式会社である。肩書地の本社のほか、東京都千代田区に販売店(以下「神田店」という。)、札幌市及び大阪市に各営業所があり、従業員数は合計二一名(うち女性五名)である。

2  原告は、昭和三年一月二五日長崎県で出生した女性であって、昭和一九年三月旧制長崎県立大村高等女学校を卒業した後、地元で小学校教員、病院事務員などの仕事を経て、昭和二六年に上京し、昭和二七年から約一〇年間病院に勤務して診療報酬請求事務に従事した。その後、原告は、夫の甲野謙三が設立した合同スタンプで切手販売の仕事に従事した後、昭和四〇年一二月一日から被告神田店でフルタイムのアルバイトとして働き、昭和四一年三月一六日被告の正社員となり、それ以降、昭和六三年一月三一日に定年退職するまでの約二二年間にわたり被告に勤務した。

二  原告の担当業務の経緯等

1  原告は、昭和四〇年一二月一日からフルタイムのアルバイトとして被告神田店に勤務し、正社員となった昭和四一年三月一六日から、神田店と本社特品課(切手販売業務)の兼務を命じられた。

2  原告は、昭和四二年六月頃、被告本社の有力社員が相次いで退社し、神田店の社員が本社へ配転されたことに伴い、神田店の事実上の責任者となった。原告は、当初の約半年間は一人で勤務し、午前一〇時から午後六時までの営業時間中一人で顧客の応対をせざるを得ない状況に置かれた。

原告は、このような苛酷な条件下にありながら、売店業務を日常的に処理するだけでなく、在庫整備や顧客へのサービス向上にも積極的に取り組んだ。また、大阪万国博覧会では切手販売が大きな業績を上げたが、原告は、その知識と経験を買われて約二か月間の長期出張を命じられ、右業務に大いに貢献した。

3  原告は、昭和四七年一月、神田店の責任者としての業務に加え、新たにオリジナルカタログによるソ連図書の発注業務(以下「エヌカー発注業務」という。)を命じられた。この業務は、毎週ソ連から送られてくるロシア語の書籍カタログ(五〇〇冊から六〇〇冊の書籍が掲載)の中から注文図書を選定するもので、選定の対象は文学書、史学書、理工学書、美術書等の全分野にわたるため、ロシア語の語学能力はもとより、様々な分野の知識情報、顧客のニーズを正確に把握する必要があった。特に、ソ連の図書は計画出版であって、注文を誤ると図書の入手ができない事態となる反面、余分に注文すると返品できずに過剰在庫となるため、この業務は、注文図書の選定の結果が売店の業績に直接影響する、極めて重要かつ高度な判断能力を要する業務であった。神田店におけるエヌカー発注高は年間約五〇〇〇万円にも上った。

4  原告は、昭和四一年秋頃から、現芝浦工業大学講師である吉田峰夫についてロシア語を学び始め、自己研鑚に務めた。また、昭和四七年にエヌカー発注業務に携わるようになってからは、日常業務における顧客との対応、各種顧客リストの作成等を通じて、顧客ニーズの正確な把握に努め、更に、各分野の書籍を読み、特に不得手であった理工学関係については、「科学朝日」を定期購読するなどして、その知識情報の獲得に努めた。また、エヌカー発注業務は、図書カタログを綿密に読み込む作業を要するもので、相当の時間の集中が必要であったが、営業時間中は顧客との応対で時間が確保できなかったため、原告は、右業務を自宅に持ち帰り処理するなど、エヌカー発注業務を的確に処理すべく人一倍の努力を重ねた。

5  原告は、昭和五四年二月、本社通信販売部(業務広告宣伝係を兼務)に配転されて課長待遇となり、一人で通信販売業務を担当処理した。そこでは、通信販売の未入金が累積していたため、その処理に相当の時間と労力を費やした。

6  その後、神田店の業績が悪化したため、原告は、昭和五五年二月から再び神田店に配転されて、正式に店長の発令を受け、昭和五七年五月には次長待遇となった。

原告は、神田店店長に就任した昭和五五年二月以降、神田店全体の管理監督のほか、①エヌカー発注業務、②通信販売業務(原告の本社通信販売部から神田店への配転に伴い移管された業務)、③顧客の応対―専門別既刊書、新刊書、出版予告書等の案内助言、初学者への同様の案内助言、④一般顧客向け新着書案内用の書籍の選定(売上促進のため神田店が独自に行っていたもの)、⑤顧客の専門に応じた個別のダイレクトメール用書籍の選定、⑥店内書籍の分野別整理、⑦倉庫からの入・出庫書の選定、⑧大学・商社等の公費、私費請求書類の作成指示、⑨請求書、入出金等の管理監督、⑩和書の点検・発注の指示、⑪新着書籍の分類整理、⑫顧客よりのクレームの処理などの業務を行った。

7  原告は、顧客との信頼関係の回復、そのためのサービス充実に努めることにより、神田店の売上げ回復に努め、原告が店長の地位にあった昭和五五年二月以降定年退職した昭和六三年一月三一日までの約八年間、神田店の業績は好調を維持した。

三  賃金格差の存在

右のように、原告は、長期間にわたり被告の業務に精力的に従事し、業績の改善ないし拡大に尽力をしてきたが、原告の賃金中の基本給を原告と入社時期が近い男子社員のA、B、C、D(以下、これらを合わせて「本件男子社員四名」という。)のそれと比較すると、少なくとも昭和五七年度以降は、別表1のとおり、両者間に明確な格差(以下、昭和五七年度以降の基本給格差を「本件賃金格差」という。)が存在した。

四  本件賃金格差の不合理性

1  原告と本件男子社員四名の入社時期、入社年齢、学歴、初任給は、別表1のとおりである。

2  原告と本件男子社員四名との間で、昭和六〇年四月時点以降における職務内容、責任、技能、作業条件、勤続年数、年齢、扶養家族の有無・数を比較してみると、以下のとおり、少なくとも同等であることが明らかである。なお、被告の職位は、上位から部長・次長・課長・社員の順となる。

(一) 職務内容、責任、技能、作業条件

Bは、昭和五六年に業務部課長、昭和六〇年四月に神田店課長となり、現在に至っている。したがって、原告が神田店において次長待遇を受けた昭和五七年五月以降は、職位上、原告の方がBよりも上位にあり、昭和六〇年四月以降は同じ神田店の店長と部下という関係にあった。また、Bの神田店での職務内容は、①売上、支出等の日計表作成、②大学等の公費請求関係の書類作成、③新着書籍の処理、④通信販売、店売部の書籍発送業務、⑤予約書入荷の連絡、⑥店長が選定した書籍についてのダイレクトメールの作成、⑦和書の整理、発注にとどまる。しかも、Bは、業務上必要な実務能力及び判断能力を欠いているため、原告退職後も後任の店長には任命されていない。したがって、職務内容、責任、技能、作業条件のうえで、原告の方がBよりも高い水準の仕事をしていたことは明らかである。

また、昭和六〇年四月時点において、Aは本社販売部卸輸出担当次長、C及びDはいずれも本社販売部次長の地位にあったが、これら販売部次長の担当業務を原告のそれと比較すると、販売部次長が行う外販業務は、大口客が多いため、原告が担当する売店販売業務よりも仕事がやりやすい面があるうえ、販売部次長には部下もなく責任の程度は軽い。これに対し、原告は、売店店長業務に加えて、外販業務よりも質的に高度で極めて高い処理能力を要求されるエヌカー発注業務を処理し、更に通信販売業務をも担当していた。このため、原告の方が業務量が多く、原告は、相当時間数の残業を余儀なくされ、エヌカー発注業務のほとんどを自宅に持ち帰って処理した。したがって、職務内容、技能、作業条件のいずれの点からしても、原告の方がこれら三名と比較して、高い水準の仕事を担当していたことは明らかである。なお、原告とA、C及びDの男性三名は、職位上、いずれも次長待遇であり、同等である。

(二) 業務遂行能力・業績

原告は、昭和四二年六月以降、被告役員の藤川享と店長を交替した約一年間を除いて、約二〇年間にわたり売店責任者という重要な地位にあった。このことからみても、職務遂行能力及び業績の点で、原告が本件男子社員四名と少なくとも同等ないしそれ以上との評価を受けていたことは明らかである。事実、原告は、昭和五八年度定期昇給から実施された評価配分において、Bを上回る評価配分を受けている。

(三) 年齢・勤続年数

原告は、本件男子社員四名と比べて、最年長であり、昭和六〇年四月時点における勤続年数もほぼ同等である。

(四) 学歴

原告は、B及びAとは学歴差が存在するが、C及びDとは同等の学歴を有している。また、男子社員間において、学歴差は賃金格差の理由とはされていない。なお、学歴による賃金格差は、学歴差が職務の内容及びその遂行能力に影響を与える場合にのみ正当化されるべきであるが、本件の場合、原告は、Bの直接の上司であり、業績評価においてもBより高い評価を受けていた。また、原告の前任者及び後任者がいずれも大学卒の経歴を有する者であったことからすれば、原告が担当していた店長業務は大学卒程度の業務である。そして、原告がその担当能力を認められていたということは、自己研鑚により大学卒程度の知識、判断力を身に付けていたことの証左である。したがって、本件では、原告とB及びAとの学歴差は本件賃金格差の合理的理由とはならない。

(五) 扶養家族の有無

原告は、その実母を現実に扶養しており、この点についても本件男子社員四名と変わるところはない。

3  更に、昭和六〇年四月以前の担当業務を比較しても、原告は、エヌカー発注業務に携わるようになった昭和四七年一月以降、職務内容、技能、作業条件、能率などの点で本件男子社員四名と少なくとも同等の仕事に従事していた。仮に、そうでないとしても、昭和五五年二月に神田店店長となった時点、もしくは、原告の職位が次長待遇となった昭和五七年五月の時点で、本件男子社員四名と同等の仕事に従事していた。

4  以上のとおり、原告は、遅くとも昭和五七年五月以降、本件男子社員四名と年齢、職務内容、作業条件、技能、業績、勤続年数、学歴、扶養家族の有無などの点で少なくとも同等の条件であったにもかかわらず、原告と本件男子社員四名との間に本件賃金格差が存在することは、原告が女子であることを理由とした差別に当たるというほかはない。

五  主位的請求―賃金及び退職金の差額請求権

1  賃金の差額請求権

原告は、遅くとも次長待遇となった昭和五七年五月以降、年齢、職務内容、責任、作業条件、技能、業績、勤続年数、学歴、扶養家族の有無などの点で本件男子社員四名と同等であったにもかかわらず、その基本給に本件賃金格差があることは、労働基準法四条違反に当たる。そして、労働基準法四条違反の賃金差別がある場合、労働契約のうちの賃金差別に関する部分は当然に無効となり、この無効となった部分は労働基準法一三条の類推適用により男子の基準によることになると解すべきであるから、原告は、男子の基準に基づいて算出した賃金と現実に支給された賃金との差額について賃金請求権を有する。

(一) 原告は、前記のとおり、同じ神田店において、職位上、Bよりも上位にあり、職務内容、責任、技能、作業条件等のうえで、原告の方がBより高い水準の仕事をしていたにもかかわらず、別表2①欄及び②欄のとおり、原告は、昭和五七年五月以降昭和六三年一月三一日に定年退職するまでの間、継続してBよりも低い基本給の支給を受けていた。

(二) 被告では、賃金表等は存在しないが、年功型賃金基準を採用しているから、本件における男子の賃金基準としては、少なくともBの基本給額に原告とBとの間の三歳の年齢差分を加味した賃金額が基準となるべきである。

そこで、被告の販売部門における男子社員の基本給について年齢差の平均額を求めると、昭和五八年の基本給で七八一二円、昭和六〇年の基本給で七八六二円となり、一歳毎の賃金の平均差額は、少なくとも七〇〇〇円である。したがって、別表2③欄のとおり、Bの基本給額に年齢差分二万一〇〇〇円を加算した金額が原告と年齢を同じくする男子の基準賃金額となる。なお、被告では、年令五五歳以上の者に対しては、定額昇給(二〇〇〇円)を行わない扱いであるので、別表2④欄のとおり、昭和五七年五月から昭和六一年三月までは定額昇給分を控除した。

その結果、男子基準による原告の基本給は、別表2⑤欄のとおりとなり、各期間における基本給の差額は、別表2⑥欄のとおりとなる。

(三) したがって、昭和五七年五月以降昭和六三年一月三一日定年退職するまでの間の基本給の差額賃金相当額は、別表2⑦欄のとおり、合計四六八万二六三〇円となる。

(四) また、昭和五七年五月以降昭和六三年一月三一日までの間における期末手当の差額相当額は、別表3のとおり、合計一一六万三七二九円となる。

(五) よって、原告は被告に対し、基本給及び期末手当の差額分として合計五八四万六三五九円の賃金請求権を有する。

2  退職金の差額請求権

(一) 原告は、女子であることを理由にして賃金差別をされていたところ、差別のない男子基準賃金によるならば、原告の退職時の基本給の額は、別表2⑤欄のとおり、月額三八万五七一〇円となる。

(二) 被告の就業規則四二条には、「社員の退職金は、社員退職金規程により支給される。」と規定され、社員退職金規程別表の退職金支給率表(<書証番号略>)によると、勤続年数二一年一〇か月で定年退職した原告の退職金支給率は25.3である。

(三) その結果、原告が被告から支給を受けるべき退職金は、合計九七五万八四六三円である。

(四) 原告は、昭和六三年二月三日に被告から二三二万四二四〇円、同年二月二九日に三井生命保険相互会社から企業年金保険の一時金として九九万五九〇〇円の支払を受けた。

(五) よって、原告は、被告に対し、(三)と(四)の差額である六四三万八三二三円の退職金請求権を有する。

六  予備的請求―不法行為に基づく損害賠償請求権

1  被告は、原告にエヌカー発注業務を命じた昭和四七年一月以降、或いは、遅くとも原告を次長待遇とした昭和五七年五月以降、初任給における男女格差を毎年度の昇給において是正することなくそのまま維持した結果、賃金において実際の職務、職責に相応しくない男女格差が一層拡大して発生することが明らかになったにもかかわらず、これを放置したまま、合理的な是正措置を講じなかった。これは、労働基準法四条違反であるとともに、原告に対する不法行為に当たる。

2  原告は、右不法行為によって、昭和五七年五月以降、前記五1(五)のとおり、男子基準賃金と現実に支給された賃金との差額相当額五八四万六三五九円の損害を被った。

3  また、原告は、右不法行為によって、前記五2(五)のとおり、男子基準賃金によって算出された退職金と現実に支給された退職金の差額相当額六四三万八三二三円の損害を被った。

七  結論

よって、原告は被告に対し、主位的に賃金及び退職金の差額請求として、予備的に不法行為に基づく損害賠償として、金一二二八万四六八二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年七月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  請求原因に対する認否及び被告の反論

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一1の事実は認める。同2の事実は、原告が昭和四〇年一二月一日からフルタイムのアルバイトとして被告神田店で働き、昭和四一年三月一六日に被告の正社員となり、それ以降、昭和六三年一月三一日に定年退職するまでの二二年間にわたり被告に勤務したことは認め、その余は不知。

二  請求原因二1の事実は認め、同2の事実は不知。同3の事実のうち、原告がエヌカー発注業務の一部を担当していたことは認め、神田店における年間発注高が約五〇〇〇万円に上ったことは否認し、その余は不知。同4の事実は不知。同5の事実は、原告が昭和五四年二月本社通信販売部(業務広告宣伝係を兼務)に配転されて課長待遇となったことは認め、その余は不知。同6の事実は、原告が再び神田店に配転されたのが神田店の業績が悪化したためであることは否認し、その余は認める。同7の事実は、原告が神田店の店長となった八年間、神田店の業績が好調を維持したことは否認し、その余は不知。

三  請求原因三の事実のうち、原告と本件男子社員四名との間に、別表1のとおり、本件賃金格差が存在したことは認める。ただし、Bの昭和六一年度の基本給は、三五万三八八〇円である。

四1  請求原因四1の事実は認める。

2  請求原因四2(一)の事実のうち、Bが昭和五六年に業務部課長となったこと、昭和六〇年四月に神田店課長となったこと、昭和五七年五月以降、職位上、原告がBより上位にあり、昭和六〇年四月以降は神田店の店長と部下という関係にあったことは認め、その余は否認ないし争う。

原告が職位上Bより上位となったことについては、次のような特別の事情がある。すなわち、Bは、入社二年目の昭和四二年に大阪営業所長代理、翌四三年に同所長としての管理職の地位に就き、昭和四九年に本社営業部次長となり、昭和五四年まで仕入部、販売部の各次長となったが、昭和五五年に販売部課長に降格され、その後、翌五六年業務部課長を経て、昭和六〇年四月から神田店課長(次席)となり現在に至っている。したがって、原告は、Bが課長に降格される昭和五五年までは一貫して職位上Bよりも下位にあったもので、原告がBより上位であるといっても、Bの降格という特殊事情に基づくものであり、期間的にも両者の在職期間からみればごく短期的なものであるから、原告の基本給がBのそれを下回っているとしても、何ら不合理なことではない。また、神田店においては、原告とBの業務が明確に区別されているわけではなく、Bも原告が担当していたと主張する業務を担当しており、各人が互いに業務を分担し合っていたのが実情である。更に、原告によるエヌカー発注業務は、被告本社へ発注希望を提出するのみであって、神田店からの希望を受けた被告が、内容を検討したうえで加入削除し、最終決定をしてソ連に発注していたもので、原告が主張するような重責を神田店店長が担っていたわけではない。

同2(二)のうち、原告が昭和四二年六月以降、被告役員の藤川享と店長を交替した約一年間を除いて、約二〇年間にわたり神田店責任者の地位にあったこと、被告が、昭和五八年度定期昇給から実施された評価配分において、原告に対してBを上回る評価配分を行ったことは認め、その余は否認ないし争う。

同2(三)の事実は認める。

同2(四)の事実のうち、原告とB、Aとの間に学歴差が存在すること、原告とC、Dが同等の学歴であることは認め、その余は否認ないし争う。

同2(五)の事実は不知。

3  請求原因四3及び4の主張は争う。

五  請求原因五1のうち、(四)で引用する別表3中の期末手当支給基準は認めるが、その余は争う。

なお、原告は、被告の販売部門における男子社員の一歳毎の賃金平均差額を少なくとも七〇〇〇円としているが、被告の基本給においては、年齢は算定要素とならない。

六  請求原因五2のうち、(一)の主張は争う。

同(二)のうち、被告の就業規則四二条に「退職金は、社員退職金規程により支給される。」と規定されていること、原告が勤続年数二一年一〇か月で定年退職したことは認め、原告の退職金支給率が25.3であることは否認する。

同2(四)の事実は認める。

同2(三)及び(五)の主張は争う。

七  請求原因六1ないし3の主張は争う。

(被告の主張)

一  本件賃金格差の合理性

1 原告と本件男子社員四名との間には、別表1のとおり、初任給当時から賃金格差があるが、この格差は合理的なものであり、その後における労働組合との協定に基づくベースアップ及び被告が裁量で行う格差是正のいずれにおいても、原告が女子であるからといって特に差別をしていないから、結果として本件賃金格差が生じたとしても、何ら不合理なものとはいえない。

2 原告と本件男子社員四名との間の初任給格差は、入社の経緯、職歴、従前の職場の給与、職歴と被告の業務との関連性等の事情を考慮するならば、合理的な範囲内のものであり、性別を理由とする差別扱いは存在しない。

(一) 被告は、中途採用者の場合、年齢、学歴、職歴、書籍取扱いの経験、特殊技能、ロシア語の素養、前職での賃金等を重要な判断要素とし、中途採用者の意向を聞いたうえで、取締役全員の協議により、その初任給を決定している。

B、A、D及びCの初任給決定は、以下のとおり、同人らの学歴、職歴、資格、技能等の要因を踏まえ、かつ、被告の勧誘に応じて入社したという事情をも加味して、公正かつ相当なる評価のもとに決定されたものである。

(二) Bは、昭和二六年三月に神戸市立外事専門学校(現神戸市立外国語大学)ロシア語科を卒業後、神戸大学法学部資料室において助手待遇として内外学術文献の収集、交換、学術機関誌の編集業務に携わり、その間の昭和二九年に司書資格を取得した。昭和三七年一二月神戸大学を退職し、日本臓器製薬株式会社に入社し、本社企画室において主任待遇として学術宣伝販売計画を担当していたが、被告取締役鶴田に勧誘されて昭和四一年六月被告に入社した。したがって、Bはロシア語に関する素養が深く、また、書籍の取扱いにも習熟し、民間会社における企画販売の経験もあることから、被告の即戦力としての十分な経歴を有していた。そこで、Bの初任給は、前職並みの金額に決定された。

(三) Aは、昭和二七年二月に中央大学第二法学部を二年で中退して各種業務を経た後、日本共産党常任委員を歴任し、大衆運動組織の中間責任者としての経験を有していたことから、当時の被告代表取締役亀山幸三が勧誘し、昭和四〇年二月被告に入社した。Aの初任給は、中央大学第二法学部中退であること及びソビエトの思想等に知識、関心が深いことを考慮して、日本共産党常任委員当時の給与を若干上回る金額に決定された。

(四) Cは、ナウカ株式会社に一一年間在職した後、昭和四〇年二月被告に入社した。右ナウカは、ソ連関連図書を扱うことを業としていたが、反ソ的な傾向を持つに至ったため、被告がソ連関連図書を扱う会社として設立された。Cの初任給は、ソ連図書の扱いに習熟していたこと、露文タイプの能力を有していたこと、反ソ的傾向がなかったことを考慮して、右ナウカの給与を若干上回る金額で決定された。なお、Cの入社については、当時の被告代表取締役亀山幸三が勧誘した。

(五) Dは、新聞社において広告の営業の経験があり、自動車運転免許を有していた。被告は、昭和四〇年八月に開設された大阪営業所において、自動車運転免許を有する外販員を早急に雇用する必要があったため、被告の元労務担当重役柴山健太郎がDに対して入社を勧誘し、Dは、これに応じ昭和四〇年九月被告に入社した。Dの初任給は、前職給与を下回る金額で決定された。

(六) これに対し、原告は、履歴書の記載によれば、昭和一九年三月旧制長崎県立大村高等女学校を卒業し、同年四月旧制佐世保高専に入学したが翌二〇年三月退学し、昭和二一年四月長崎洋裁学院に入学し、昭和二三年三月同学院を卒業し、病院事務職、モードサロン勤務を経た後、昭和四一年三月被告に入社したというもので、その学歴、経歴、技能等をみても、被告にとって特に有用と評価すべきものはないうえ、被告は、原告の夫甲野謙三を採用した際、同人からの強い要請を受けて原告を採用したものであって、本件男子社員四名に対してしたのと同様の入社の勧誘も行っていない。しかも、その初任給は、夫婦が同時に入社することに対する社内の反発等をも考慮して決定されたもので、原告が女子であることは考慮されていない。

3 被告における賃金改定すなわち定期昇給及びベースアップは、設立当初から被告と労働組合との労使交渉において協定されたところに基づいて行われている。そして、右労使協定は男女一律のもので、以下のとおり、各年度別にみても、性別による差別を行う余地はない。

(一) 昭和四二年度

原告及びBの入社以来の基本給昇給状況は、別表4の1及び4の2のとおりである。同表によれば、初任給から昭和四二年度基本給への昇給方法は明らかでないが、原告が11.8パーセント、Bが2.5パーセント昇給しており、昇給率は、原告の方が圧倒的に高いことから、この間の昇給に性別による差別扱いがあったとは考えられない。

(二) 昭和四三年度ないし昭和五六年度

この間の昇給方法は、昇給対象者(以下「対象者」という。)全員の前年度基本給総額に当該年度のベースアップ率を乗じた額を個々の対象者の前年度基本給額に応じて比例配分した額と年度毎に定められる定額昇給額を合計した額をもって基本給昇給額とするものであった。なお、各年度におけるベースアップ率、一人当たりの定額昇給額は、別表5の昭和四三年度ないし昭和五六年度の各欄のとおりである。

(三) 昭和五七年度

(1) 対象者全員の前年度基本給総額にベースアップ率7.5パーセントを乗じた額を昇給総原資とした。

(2) 右昇給総原資のうち、対象者の前年度基本給総額に七パーセントを乗じた額については、そこから定額昇給分(一人当たり三五〇〇円)総額を差し引いた残額の四〇パーセントを個々の対象者の前年度基本総額に応じて比例配分し、六〇パーセントの格差是正の原資とした。なお、右の格差是正については、明確な基準は設けられていないが、取締役全員の判断で、主として中堅以下の比較的若年者について、新卒者との給与を比較して在社員との均衡を欠くような場合及び家族構成と現給与を対比し配慮すべき場合に行っており、性別による差別扱いの余地はない。

(3) 右昇給総原資のうち対象者の前年度基本給総額に0.5パーセントを乗じた額については、そこから定額昇給分(一人当たり五〇〇円)総額を差し引き、その残額は個々の対象者の前年度基本給総額に応じて比例配分した。

(4) その結果、個々の対象者の基本給昇給額は、(2)及び(3)の定額昇給分四〇〇〇円に(2)及び(3)の比例配分の部分を加えた額となった。

(四) 昭和五八年度ないし昭和六二年度

(1) 対象者全員の前年度基本給総額に当該年度のベースアップ率を乗じた額を基本給昇給総原資とした。なお、各年度のベースアップ率は、別表5の昭和五八年度ないし昭和六二年度のベースアップ率欄のとおりである。

(2) 右昇給総原資から定額昇給分(一人当たり二〇〇〇円)総額を差し引いた残額のうち、その七五パーセントを個々の対象者の前年度基本給額に応じて比例配分し、その二五パーセントを対象者の職務能力に対する評価を考慮した方法により配分する。右の職務能力に対する評価は、勤務状況、業務遂行能力、業務知識、積極性及び協調性についての評価であり、性別による差別が入り込む余地はない。

(3) その結果、個々の対象者の基本給昇給額は定額昇給分二〇〇〇円(ただし、昭和五八年度以降は、五五歳以上の社員には支給されない扱いとなった。)及び比例配分の部分に評価配分の部分を加えた額となった。

(五) そして、別表4の1及び4の2と別表5を比較してみると、原告は、定額昇給の部分及び比例配分の部分のいずれについても、各年度の昇給方法に一致する昇給を受けた。また、昭和五八年度以降の昇給における評価配分の部分においても、別表4の1及び4の2の評価配分欄のとおり、原告は、Bよりもはるかに多額の配分を受けている。

4 被告が裁量により随時行った格差是正においても、性別による差別は存在しない。

(一) 被告は、各年度のベースアップ、定額昇給の結果、各社員間の基本給の差異が不相当になった場合、裁量により基本給の格差是正を随時行っている。各社員の基本給の差異の相当、不相当の判断は、各社員の入社年次、年齢等の対比に基づいて行われるものであって、性別による差別が入り込む余地はない(なお、格差是正の昇給原資は、ベースアップの昇給原資とは別に設けられるが、前記のとおり、昭和五七年度に限り、ベースアップの昇給原資の一部を原資とした。)。

(二) 原告は、昭和四八年度に五〇〇〇円の基本給格差是正を受けた。これに対し、本件男子社員四名に対する格差是正の実績は、Aが合計四〇〇〇円(昭和四三年度二〇〇〇円、昭和四六及び四八年度各一〇〇〇円)、Bが合計三〇〇〇円(昭和四三、四六、四八年度各一〇〇〇円)、Dが一〇〇〇円(昭和四三年度のみ)、Cが七五〇円(昭和四三年度のみ)であって、いずれも、原告の是正額に比し少額であり、原告は、本件男子社員四名との間で性別による差別扱いを受けていない。

(三) 基本給格差是正の対象及び金額については、具体的な基準はないが、当該年度の組合との協定後であることから、労使交渉で妥結した額を無視した多額の是正はできない。昭和四三年度から昭和六二年度までの二〇年間をみても、格差是正が定期昇給の中で行われた昭和五七年度を含めての格差是正総合計金額は、三四万〇七五〇円にすぎず、同年度を除くと、二〇万七五〇〇円、一年平均一万一〇〇〇円弱が格差是正の原資であり、格差是正対象総社員四六名に対して、一人一万余円の対象額にすぎず、これをもって男女間に差別をつけた格差是正をしているということはできない。

5 ちなみに、原告とBの昇給実績は、別表4の1及び4の2のとおりであり、各年度の昇給率を比較してみると、原告の昇給率がBのそれを上回っていることが多い。更に、昭和四一年度の初任給から昭和六二年度の給与までの昇給率を比較してみても、原告10.10倍、B8.44倍であって、原告の昇給率がBのそれを上回っているのであって、昇給率において両者間の差別は存在しない。

二  退職金の差額請求について

1 算定の基礎となる基本給について

原告は、基本給において、何ら男女差別を受けていなかったのであるから、算定の基礎となる基本給の額は、昭和六一年度の基本給額である三一万三二四〇円である。

2 退職金の支給率について

(一) 原告の退職時、社員退職金規程は制定されておらず、原告が支給率の根拠とする退職金支給率表(<書証番号略>)は存在していなかった。右退職金支給率表は、昭和四八年に行われた社員退職金規程制定のための労使協議の場で、会社側提案として労働組合に提示された社員退職金規程(案)添付の別表に当たるが、同規程案は、労働組合から一部条項について異議が出たため、成立するに至らなかったものである。

(二) 退職金の支給率については、社内慣行として確立した別表6のとおりの内規(以下「本件内規」という。)が存在し、これによると、原告の退職金の支給率は一一である。

3 退職金の支給について

(一) 被告は、右1及び2に基づき、原告の退職金総額を三四四万五六四〇円と算定し、原告に対し、右退職金総額から退職金年金制度規程に基づく企業年金月額一万八六九〇円の五年分一一二万一四〇〇円を控除した二三二万四二四〇円を支給した。

(二) 右企業年金分については、一時金として受け取るという原告の選択により、三井生命保険相互会社は、原告に対し、右企業年金から一時金支払に伴う約定控除額を控除した九九万五九〇〇円を支払った。

(三) したがって、原告には退職金残金はない。

三  消滅時効

1 賃金の差額請求権について

(一) 原告の賃金請求権は、その請求ができるようになった日から二年間行わないときは、時効により消滅する。

(二) 原告が請求する賃金の差額請求権のうち、昭和五七年五月分から昭和六一年六月分までの差額賃金請求権(合計三一三万三八九〇円)については、各支払日から二年以上の期間が経過したことにより消滅時効が完成した。

(三) 被告は、右消滅時効を援用する。

2 不法行為に基づく損害賠償請求権について

(一) 原告は、被告入社当初から賃金差別があったことを覚知していた。

(二) 原告は、平成元年一月二三日提出の準備書面により、初めて不法行為の主張をした。したがって、原告が請求する損害賠償請求権のうち、昭和五七年五月分から昭和六〇年一二月分までの差額賃金相当額の損害賠償請求権(合計二八九万二七五〇円)については、各支払日から三年以上の期間が経過したことにより消滅時効が完成した。

(三) 被告は、右消滅時効を援用する。

第四  被告の主張に対する認否及び原告の反論

(被告の主張に対する認否)

一1  被告の主張一1のうち、原告と本件男子社員四名との間に初任給当時から格差が存在したことは認めるが、その余は争う。

2  同2の事実のうち、(一)は否認、(二)ないし(五)は不知、(六)は原告の履歴書の記載を認め、その余は争う。

3  同3の事実はすべて不知。なお、性別による差別扱いを行う余地がないとの主張は争う。

4  同4(一)のうち、被告が格差是正を行っていることは認め、性別による差別が入り込む余地がないとの主張は争う。同4(二)のうち、原告が昭和四八年度に五〇〇〇円の格差是正を受けたことは認め、本件男子社員四名の格差是正実績は不知、原告が性別による差別扱いを受けていないことは争う。同4(三)は争う。

5  同5の事実のうち、別表4の1中の原告の基本給額は認め、その余は不知。

二1  被告の主張1は争う。

2  同2の事実のうち、社員退職金支給率表(<書証番号略>)が昭和四八年会社から労働組合に提案されたことは認め、その余は否認する。

3  同3(一)の事実のうち、原告の退職金総額が三四四万五六四〇円であることは争い、その余は認める。なお、退職金年金制度規程に基づいて退職金から控除されるべき金額は、一一二万一四〇〇円でなく九九万五九〇〇円である。

同3(二)の事実は認める。

三  被告の主張三1、2のうち、期間経過の事実は認め、その余は争う。

(被告の主張に対する原告の反論)

一  賃金格差の合理性について

1 被告は、原告と本件男子社員四名間の初任給格差は学歴、職歴、資格、技能等に基づく合理的なものであると主張するが、右主張は、以下のとおり、すべて理由がない。

(一) Aについて

大学中退は、学歴として大学卒業と同視することはできないうえ、共産党常任委員を歴任したという経歴も、被告の業務とは直接の関係はない。これに対し、原告の職歴は、一〇年間病院保険請求事務部門で責任者としての仕事に携わり、入社前は夫甲野謙三が設立した合同スタンプで切手販売に関する仕事に従事してきたものであり、当時の被告代表取締役亀山幸三の強い要請を受けて、新設される特品課(切手の販売部門)の要員として夫とともに採用されたという入社経緯を勘案すれば、原告の職歴の方が被告の業務との関連性が強いといえる。仮にAの学歴が考慮されたとしても、ほぼ同時期に入社したC及びD(いずれも高卒)の初任給を比較すると、その格差は二〇〇〇円から二五〇〇円程度にすぎないうえ、Aの方が年長であることを考えると、原告との八五〇〇円の初任給格差は、原告が女子であるがゆえの差別扱いと考えるしかない。

(二) Cについて

同業であるナウカ株式会社に一一年間在籍していたCの経歴は、被告の業務と関連性があり考慮に値するものであるが、同学歴でロシア語書籍を扱った経験のないDの初任給と比較すると、Cの方がDよりも一歳年上であるにもかかわらず、その差は僅か五〇〇円にすぎない。原告の場合も、切手販売の経験が被告の業務と密接な関連性を持っていたことをも考慮すると、六五〇〇円もの初任給格差を正当化することはできない。男性間では五〇〇円の差でしかない経歴の差が原告との間では六五〇〇円もの大きな差となっていることは、そこに女性差別があると考える以外にはない。また、露文タイプの技能については、ナウカ出身の多くの者が露文タイプの技能を有していたうえ、露文タイプは短期間で習得が可能なものであるから、右技能は、初任給決定にあたって、高い評価を受けるべきものではない。

(三) Dについて

Dの新聞社における広告営業の経験は、ロシア語や書籍とは関係のない金属関係の業界紙の広告の営業経験にすぎず、また、運転免許資格についても、これを所持している社員は相当数存在し、高い評価を受ける資格ではない。しかも、男子社員間では、運転免許を所持している者とそうでない者との間で基本給に差はなく、自動車運転免許証が必要な外販の仕事には、別途外販手当が支給されていた。したがって、原告とDの間に学歴差がなく、むしろ、原告が五歳年上で被告の業務と直接関連性のある経歴を有していたことを考慮すれば、原告とDとの間の初任給格差には合理的理由がない。

2 仮に、初任給格差に合理性が認められるとしても、それは初任給決定当時のものにすぎず、現在の職務等を比較した場合の賃金格差の合理的理由とはなり得ない。なぜなら、初任給格差がそのまま固定化され、実際の職務、職責に相応しくない格差が容認されることになって、極めて不合理、不公正な結果が生じるからである。このような結果が、同一労働同一賃金の原則を定めた労働基準法四条の趣旨に反することは明らかである。

本件の場合、Bの学歴及び職歴が原告より高く評価されて初任給に格差が設けられたとしても、その後、Bは、ミスが多く降格処分を受けて責任の重い職務から外されたのに対し、原告は、ロシア語等の自己研鑚に励み、意欲的に仕事に取り組んだ結果、Bの上司として神田店店長という責任の重い職務を担当することになり、両者の地位、職務は完全に逆転したのである。それにもかかわらず、初任給の賃金格差がそのまま維持固定化されるというのでは、余りに不合理、不公正である。被告は、男子社員については、初任給格差の不合理な状態をそのまま放置することなく、その後の職務、職責の変動に伴って格差是正を行っている。たとえば、BとA、Cの初任給を比較すると、Bの方が高かったが、その後の職務、職責等の変動に伴って格差を是正し、昭和六〇年四月時点では、逆にC、Aの基本給がBを上回っているのである。ところが、原告については、エヌカー発注業務という重要かつ高度な能力を要する仕事を担当するようになっても、また、店長として部下を統率する職務、職責を担うようになっても、更に、次長職に就いても、男女同率の昇給率を機械的に適用するだけで、その担当する職務、職責に相応しい是正措置を何ら講じていない。

したがって、初任給における男女格差を毎年度の昇給においてそのまま維持する結果、賃金に実際の職務、職責等に相応しくない男女格差が一層拡大して発生することが明らかに認められる場合に、それを放置して是正措置を講じないことは、それが合理的理由に基づくものでない限り、たとえ労働組合との協定に定める昇給率自体に男女差が設けられていないとしても、労働基準法四条に違反することは免れない。

二  退職金請求権について

1 退職金支給率について

(一) 被告は、本件内規を退職金規程として整備し、退職金支給率を大幅に引き上げるとともに、企業年金制度を取り入れることとし、役員会において、社員退職金規程(<書証番号略>、その別表が<書証番号略>)及び退職年金制度規程を全員一致で決定し、昭和四八年、労働組合に提案した。これに対し、労働組合は、社員退職金規程六条の功労加算に異議を述べたが、年金制度に賛成した。

(二) 社員退職金規程は、退職金支給率を本件内規より大幅に引き上げるものであり、他方、退職年金制度規程は、退職金の一部を年金で支払うこととし、退職金より退職年金の年金現価相当額又は一時金の額を控除するものである。また、退職金支給率の引き上げと一部の年金化が一体となって提案されたことも疑う余地がない。しかも、日ソ図書労働組合は、退職金の功労加算に異議を述べたのみで、退職金支給率の引上げに反対したわけではない。したがって、社員退職金規程と退職年金制度規程は一体のものであるから、退職年金制度規程の効力が発生した以上、社員退職金規程の効力も発生したことになる。

(三) 仮に、社員退職金規程と退職年金制度規程が一体でないとしても、昭和四八年の役員会において全員一致で退職金規程を決定し、これを労働組合に提示した時点で社員退職金規程の効力が発生し、本件内規の支給率は変更された。なぜならば、就業規則は、労働者に周知させることを効力発生要件とし、周知の方法としては従業員に意見を求めるため提示することで足りるからである。

(四) したがって、原告退職時の退職金支給率は、本件内規でなく、退職金規程別表の支給率表によるべきであるから、原告の退職金支給率は25.3である。

2 退職年金控除について

退職年金規程九条は、年金に代えての一時金支給事由を定め、同規程一六条は、「この制度により退職年金又は一時金の支給を受ける者については退職年金の年金現価相当額又は一時金の額を他の規程により支給されるべき退職金の額から控除する。」と規定している。

原告は、退職年金を一時金として受給することを選択し、昭和六三年二月二九日、三井生命保険相互会社より九九万五九〇〇円の支払を受けた。したがって、原告の退職金より控除されるべき金額は、被告が退職金から実際に控除した一一二万一四〇〇円ではなく、一時金相当額である九九万五九〇〇円である。

三  消滅時効の主張について

1 差額賃金請求権について

被告が消滅時効を援用することは、時効援用権の濫用である。被告には賃金表や賃金体系がなく、各個人の賃金額も公表されないため、原告は、賃金格差が存在していることを知り得なかった。原告がBとの賃金格差の存在を知ったのは、昭和六二年五月頃であり、この格差が女性差別に基づくものであることを知ったのは、同年九月二五日、被告代表取締役菰田尚夫との第一回目の話合いの席上で、同人が賃金差別を認める発言をしたときである。これに対し、被告は、原告の賃金がBらと比べて相当格差があることを知りながら、何らの合理的措置を講じることなく、そのまま放置することにより、労働基準法四条違反の賃金差別を継続してきた。

このように、原告は賃金格差の存在自体を容易には知り得なかったのであるから、被告による消滅時効の援用は、援用権の濫用として許されない。

2 不法行為に基づく損害賠償請求権について

(一) 原告がBとの賃金格差の存在を知ったのは、昭和六二年五月頃であり、この賃金格差が女性差別に基づくものであることを知ったのは、同年九月二五日被告代表取締役菰田尚夫との第一回目の話合いの席上、同人が賃金差別を認める発言をした時である。

(二) 原告は、右時点から三年以内の昭和六三年七月一四日に本件訴訟を提起したから、被告の不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は完成していない。

第五  証拠<省略>

理由

一1  請求原因一1の事実は、当事者間に争いがない。

2  請求原因一2の事実のうち、原告が昭和四〇年一二月一日から被告神田店でフルタイムのアルバイトとして働き、昭和四一年三月一六日に被告の正社員となり、それ以降、昭和六三年一月三一日に定年退職するまでの約二二年間にわたり被告に勤務したことは、当事者間に争いがなく、<書証番号略>及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、昭和三年一月二五日生まれの女性であって、昭和一九年三月長崎県の旧制高等女学校を卒業し、地元の国民学校や病院などの勤務を経て、昭和二六年に上京し、約一〇年間病院で診療報酬請求事務に従事し、更に昭和三六年から衣服デザインを学ぶなどした後、被告神田店でアルバイトとして働くまでの約七か月間、原告の夫甲野謙三が設立した合同スタンプという会社で切手販売の業務に従事したことが認められる。

3  請求原因三及び同四1の各事実のうち、原告と本件男子社員四名の入社時期、入社年齢、学歴及び初任給が別表1のとおりであること、原告と本件男子社員四名の昭和五七年度以降における基本給が、別表1のとおりであって(ただし、<書証番号略>によれば、Bの昭和六一年度の基本給は、三五万三八八〇円であることが認められる。)、その間に本件賃金格差が存在したことは、いずれも、当事者間に争いがない。すなわち、原告と本件男子社員四名は、入社時期及び入社年齢が比較的近接しているが、その初任給には、一か月につき六〇〇〇円から一万二二〇〇円の格差があったうえ、その基本給には、いずれも一か月につき、昭和五七年度で二万三七三〇円から四万七二六〇円、昭和五八年度で二万六三一〇円から四万九五一〇円、昭和五九年度で二万九二三〇円から五万四〇五〇円、昭和六〇年度で三万一九二〇円から五万八四二〇円の範囲で格差があった(昭和六一年度と昭和六二年度については、本件男子社員四名のうち基本給が明らかなのはBのみであるが、これと原告との基本給を比較すると、昭和六一年度については右認定後の基本給を基準として、それぞれ、五万〇六四〇円、五万一四七〇円の格差があった。)。

二<書証番号略>、証人甲野謙三の証言、原告及び被告代表者各本人尋問の結果(いずれも第一回)並びに弁論の全趣旨によれば、原告の担当業務並びに本件男子社員四名の経歴及び担当業務に関し、次の事実を認めることができる。

1  原告の担当業務について

(一)  原告の夫甲野謙三は、昭和四〇年一二月、当時の被告代表取締役亀山幸三から強く要請され、切手販売業務の責任者として被告に入社したが、その際、甲野謙三は、営業活動に専念するためということで、ソ連等から送付されてくる切手シートを切り取り、ビニール袋に入れたり台紙に貼付するなどの作業(証人甲野謙三は「瑣末な業務」と述べている。)を行わせる者として、その経験のある原告も一緒に入社することを右要請に応じる条件とした。原告が夫甲野謙三とほぼ同時期に被告に入社したのは、このような経緯によるが、原告は、夫婦が同時に入社することに対する社内の反発を懸念した右亀山幸三の意向を受けて、当初はフルタイムのアルバイトとして神田店で働き、三か月余を経過して初めて被告の正社員となり、引き続き神田店でのソ連関連図書の販売と切手販売業務とを兼務した。当時における原告の具体的な業務は、店長藤川享(早稲田大学文学部露文科卒)の下で、①ソビエト新切手ニュースの編集及び発送業務、②切手通信販売に関する全業務、③博覧会、展示会への出品準備業務、④展示用パネルの製作、⑤売店書籍の整理・販売業務などを行うことであった。

なお、原告の夫甲野謙三は、昭和四二年一〇月に被告の取締役に就任し、昭和五八年に監査役となり、原告より約二か月早い昭和六〇年一二月に被告を定年退職している。

(二)  昭和四二年、被告本社の有力社員が相次いで退社し(原告が入社した当時の代表取締役亀山幸三も含まれていた。)、神田店の三名の店員のうち店長藤川享及び女子店員一名が本社へ配転されたことに伴い、原告は、神田店責任者としての業務を一人で担当することになった。そのため、原告の担当業務は、入社当初とは異なり、①顧客の応対、②書籍発注伝票のタイプ及び発送、③新着書伝票のタイプ及び処理、④予約書入荷案内はがきのタイプ及び発送、⑤新聞、雑誌(定期刊行物)の発注伝票のタイプ及び請書の発送、⑥定期刊行物の予約期間切れに伴う案内の発送、再連絡はがきのタイプ及び発送、⑦請求書及び再請求書の作成、発送、⑧新着書の分類、整理、書棚収納、⑨書棚の在庫確認及び整備、⑩売上日計表の作成、⑪切手販売通信業務にまでわたった。

原告は、これらの業務をアルバイトの店員とともに殆ど独力で処理したほか、昭和四五年七月から九月にかけて、被告が大阪万国博覧会のソ連館に出店した売店に切手関係の業務(原告の夫甲野謙三がその責任者であった。)を支援する目的で長期間の出張をするなどした。昭和四六年四月、東京外国語大学ロシア語科卒業の学歴を有する鈴木容子が原告の部下として神田店に配属された。

(三)  原告は、昭和四七年一月頃、売店責任者としての業務に加え、被告からエヌカー発注業務を命じられた。この業務は、毎週ソ連から送られてくるロシア語の書籍カタログ(五、六〇〇冊の書籍が掲載)の中から、神田店において販売する注文図書を選定して本社に提出するもので、選定の対象が各分野に広くわたるため、ロシア語の語学能力や各分野の知識情報が必要とされ、更に、見込み注文であることから、顧客ニーズの正確な把握が要求されるものであった。特に、ソ連図書の販売システムは、注文部数だけを印刷、出版し返本は受けないというもので、実際に入荷するには注文から一年半から二年の期間を要するため、発注の誤りが顧客に与える影響は大きく、かつ、選定の結果が売店の業績にも影響するので、この業務を遂行するには高度な判断能力を必要とした。

当時、原告は、女子社員一名、アルバイト一、二名を部下として、①エヌカー発注業務、②顧客の応対、③顧客の専門や関心領域に応じた個別のダイレクトメールの作成、発送、④一般顧客向け新着書案内用の書籍の選定(売上促進のため神田店が独自に行っていたもの)、④新着書籍の分類整理、書棚収納、⑤書棚の在庫確認及び整備、⑥本社ほかの倉庫内の在庫書籍の点検、⑦定期刊行物の期限切れ再連絡、⑨書籍・定期刊行物に関するクレームの処理、⑩月別・品目別年間売上計画の策定、⑪売店全体の管理などの業務に従事した。

(四)  原告は、昭和四一年秋頃から現芝浦工業大学講師についてロシア語を学び、昭和四七年にエヌカー発注業務に携わるようになってからは、日常業務における顧客との対応、各種顧客リストの作成等を通じて、顧客ニーズの正確な把握に努め、更に、書籍・雑誌を読むなどして、その知識情報の獲得に努めた。また、エヌカー発注業務を行うには、図書カタログを読み込む作業を要するため、相当の時間と集中力が必要であるが、原告は、顧客との応対で勤務時間中に時間を確保できなかったことから、右業務を自宅に持ち帰り処理していた。

(五)  原告は、昭和五四年二月、神田店から本社通信販売部(業務広告宣伝係を兼務)に配転されて課長待遇となり、単独で通信販売業務を担当した。神田店における原告の後任には、常務取締役藤川享が店長として再び就任した。

(六)  その後、原告は、昭和五五年二月から再び神田店に配転され、常務取締役藤川享に代わって正式に店長の発令を受け、同時に、課長茂野隆が原告の部下として神田店に配属された。

原告は、昭和五五年二月以降、神田店全体の管理監督のほか、①エヌカー発注業務、②顧客の応対、③一般顧客向け新着書案内用の書籍の選定、④顧客の専門に応じた個別のダイレクトメール用書籍の選定、⑤店内書籍の在庫確認及び分野別整理、⑥倉庫から入・出庫書の選定、⑦大学・商社等の公費、私費請求書類の作成指示、⑧請求書点検、⑨売上金、売店経費の支払、本社への送金の管理、⑩和書の点検・発注の指示、⑪新着書籍の分類及び整理、⑫顧客よりのクレームの処理、⑬部次長会議に向けての資料調査、⑭売店の月別・品目別年間売上計画、月別・現金送金・振替入金別年間売上計画の策定、⑮通信販売部門の月別・品目別年間売上計画及び月別年間回収計画の策定、⑯店売用定期刊行物の選定、⑰エヌカー直送の顧客名簿の作成、⑱売店、通信販売部門全業務の管理などの業務を行った。これらの業務のうち通信販売部門は、原告が本社から神田店に再配転されるに際して、同時に移されたものである。

原告が神田店店長に就任した初年度は、店売部及び通信販売で売上増が達成されたが、その後は、ソ連図書の入荷の減少、日ソ関係の悪化、大韓航空機撃墜事件などの諸事情の影響を受け、大きな売上げの伸びはなかった。原告は、昭和五七年五月には次長待遇となり、昭和六三年一月三一日に被告を退職するまでの間、神田店店長としての業務を遂行してきた。原告の後任としては、キエフ大学大学院卒の経歴を有する二神純子が神田店店長に就任した。

2  本件男子社員四名の経歴及び担当業務

(一)  Bは、昭和二六年三月神戸市立外事専門学校ロシア語科を卒業後、同年四月から昭和三七年一二月まで神戸大学法学部資料室に勤務し、昭和二九年八月に司書の資格を取得した。その後、Bは、日本臓器製薬株式会社を経て、昭和四一年六月に三五歳で被告に中途入社し、大阪営業所に勤務した。Bは、昭和四二年に大阪営業所長代理、昭和四三年に同営業所長、昭和四九年に本社営業部次長となり、昭和五四年まで仕入部、販売部の各次長を務めた。ところが、注文ミスが三回あった(うち一回は相当に大きなミスであった。)ことが原因で、昭和五五年九月に販売部課長に降格され、昭和五六年業務部課長、昭和六〇年三月神田店課長となり、現在に至っている。Bは、神田店においては、店長である原告の部下の立場で、①売上げ、支出等の日計表作成、②大学等の公費請求関係の書類作成、③新着書籍の処理、④通信販売、店売部の書籍発送業務、⑤予約書入荷の連絡、⑥店長が選定した書籍についてのダイレクトメールの作成、⑦和書の整理、発注の業務に従事した。

(二)  Aは、中央大学第二法学部を中退し、日本共産党常任委員を歴任したことからソビエトの思想等に関する知識、関心を有しており、昭和四〇年二月に三五歳で被告に中途入社し、昭和五四年二月に販売部次長、昭和五五年二月に卸輸出部次長となり、現在に至っている。卸輸出部次長の職務内容は、①定期刊行物、美術書、絵本の取次発注及び納品、②書店展示会への出品、販売、③ソ連図書公団からの注文による日本の新聞、雑誌、書籍の取寄せ及び発送、④ソ連図書の韓国への輸出、⑤社員注文書籍の発注、取寄せ及び配付である。

(三)  Cは、新制高校卒業の学歴を有し、ソ連関連図書を扱うことを業とするナウカ株式会社を経て、昭和四〇年二月に三三歳で被告に中途入社した。そして、Cは、入社と同時に大阪営業所長となり、昭和五四年二月に仕入倉庫課長、昭和五七年に販売部次長となって、現在に至っている。販売部次長の職務内容は、①顧客予約書の入力データ記入及び請書の発送、②見計らい書の選定及びデータ記入、③予約書、見計らい書の口座別分類及び配本準備、④顧客である大学、企業等への新着本の配本及び受注のためのセールス、⑤請求書の発送及び集金、⑥公費請求書作成のための準備、⑦各自担当分の月別・品目別年間売上げ及び回収計画の立案、⑧営業日誌の記帳である。

(四)  Dは、新制高校卒業の学歴を有し、大阪営業所で自動車運転のできる外販員として、昭和四〇年九月に三二歳で被告に中途入社したが、一旦退職し、昭和四五年六月に再入社した。その後、Dは、昭和五四年二月に販売部第三課長、昭和五五年二月に販売部第二課長、昭和五五年九月に販売部次長となり、現在に至っている。その職務内容はCと同様である。

三<書証番号略>、証人甲野謙三の証言、原告及び被告代表者各本人尋問の結果(いずれも第一、第二回)及び弁論の全趣旨によれば、被告社員の賃金及び本件賃金格差等に関し、次の事実を認めることができる。

1  賃金規定について

被告の就業規則四一条には、「社員の給与については、社員給与規則による。」と定められ、これを受けた社員給与規則には、「基本給は月額とし、学歴、職歴、技能、経験、勤続年数及び業務成績等を考慮してこれを定める。」(五条)、「昇給は原則として毎年一回とし、各人の勤務成績、業務能力などを勘案して行う。」(二四条)と定められている。ただし、被告には、賃金表等の客観的な賃金支給基準となるものは存在しない。

2  被告の給与の区分について

被告の賃金は、基準内給与としての基本給、役職手当、外販手当及び基準外給与としての時間外労働手当、休日出勤手当、家族手当、通勤手当から成る。役職手当は、部長、副部長、部次長、次長待遇、課長、課長待遇の役職に対して支給され、家族手当は、扶養家族がいる者に対して支給される。

3  被告における初任給について

被告の代表取締役菰田尚夫が取締役に就任した昭和四二年七月以降、新卒者の初任給は、日本経済新聞に掲載される産業別、会社別の初任給を参考にして男女一律の金額で決定され、中途採用者の初任給については、年齢、学歴、職歴、語学能力その他の技能、従前の賃金等を総合し、その希望を聴取したうえで、取締役全員の協議により決定される扱いであった。

別表1のとおり、昭和四一年三月に正社員となった原告の初任給は、三万一〇〇〇円であって、本件男子社員四名のうち、昭和四〇年二月に入社したAの三万九五〇〇円、同月に入社したCの三万七五〇〇円、昭和四一年六月に入社したBの四万三二〇〇円、昭和四〇年九月に入社したDの三万七〇〇〇円のいずれの初任給と比べても低額であった。原告の初任給は、原告と当時の被告代表取締役亀山幸三との個別的な交渉により決定されたものであるが、原告は、夫甲野謙三とほぼ同時期に入社した前記二1(一)のような経緯もあって、右亀山幸三から、いずれ適正なものに是正するということをいわれていた。

4  昇給方法について

昇給は、被告が設立された当初から、被告と日ソ図書労働組合との団体交渉の結果妥結した協定に基づいて行われてきた。その内容は、次のとおりである。

(一)  昭和四三年度から昭和五六年度までの昇給においては、役員を含む各社員の昇給額は、①社員の前年度基本給総額にベースアップ率を乗じた額を個々の社員の前年度基本給額に応じて比例配分した額、②定額昇給額を合計した額であった。

(二)  昭和五七年度においては、当年度のみ賃金格差是正が昇給総原資の中で行われたため、個々の社員の基本給の昇給額は、①社員の前年度基本給額に応じて比例配分された額、②定額昇給額(一人当たり四〇〇〇円)、③格差是正額を合計した額であった。なお、右の賃金格差是正は、主として中堅以下の比較的若年者について、新卒者との給与を比較して均衡を欠く者及び家族構成と現給与を対比し配慮すべきであると判断された者について行われた。

(三)  昭和五八年度から昭和六二年度までの昇給においては、比例配分による昇給及び定額昇給のほかに、社員の職務能力を査定しての評価配分による昇給(昇給総原資から定額昇給部分を差し引いた残額のうちの二五パーセント)が加わり、個々の社員の基本給昇給額は、①社員の前年度基本給額に応じて比例配分された額、②定額昇給額(一人当たり二〇〇〇円であるが、年齢五五歳以上の社員については、この昇給を行わない。)、③評価配分額を加えた額となった。なお、右の職務能力に対する査定は、勤務状況、業務遂行能力、業務知識、積極性、協調性等の評価に基づいて行われた。

(四)  原告及びBの昇給率及び定額昇給額は、各年度における比例配分部分の昇給率及び定額昇給額と一致している。また、原告は、昭和五八年度以降、査定による評価配分部分について、別表4の1の評価配分欄記載のとおりの配分を受け、いずれの年度においても、別表4の2のBの評価配分額を上回った。

5  基本給の格差是正について

(一)  被告は、新卒者の採用や各年度の昇給の結果、各社員間の基本給の差異が不相当なものになった場合、主として中堅以下の比較的若年者を中心にして、随時に基本給の格差是正を行ってきた。各社員の基本給の差異の相当、不相当の判断は、主として各社員の勤続年数、年齢等の対比に基づき行われる。したがって、職務、能率、責任、技能などは、この格差是正においては考慮されない扱いとなっていた。

(二)  原告は、昭和四八年度に五〇〇〇円の基本給の格差是正を受けたが、一方、本件男子社員四名に対する格差是正の実績は、Aが合計四〇〇〇円(昭和四三年度二〇〇〇円、昭和四六年度及び昭和四八年度各一〇〇〇円)、Bが合計三〇〇〇円(昭和四三年度、昭和四六年度及び昭和四八年度各一〇〇〇円)、Dが一〇〇〇円(昭和四三年度のみ)、Cが七五〇円(昭和四三年度のみ)であって、いずれも、原告の格差是正額より低額であった。

(三)  被告が昭和四三年から昭和六二年までの間に行った格差是正の実績(<書証番号略>)によると、男子社員には、一回の格差是正を受けただけの者も存在するが、短期間で退職した者を除けば、三回の格差是正を受けた者が最も多く、中途採用のために初任給を低く決定された者は、入社した翌年から数年間にかけて多数回の格差是正を受けている。そして、男子社員の中には、八回にわたり合計三万六〇〇〇円、五回にわたり合計四万一二五〇円、六回にわたり合計一万八五〇〇円の格差是正を受けた者が存在するが、女子社員に対しては、いずれも一、二回の格差是正を行ったにとどまり、三回以上の格差是正を受けた者はいない。もっとも、女子社員の中にも、二回で合計三万円、二回で合計一万一〇〇〇円、一回で一万円の格差是正を受けた者もいる。

6  被告における賃金の特徴

右4及び5の昇給及び格差是正の結果を、基本給を縦軸とし、年齢を横軸として表示した賃金分布表(<書証番号略>)に基づいてみると、昭和五七年四月当時における被告社員二二名の賃金(基本給)分布は、概ね直線によって示されており、年功的要因、とりわけ年齢との相関性が強い傾向にあることが認められる。また、学歴によると考えられる明らかな基本給差は認められず、職位の昇進と賃金の関係についても、職位の昇進は、職務手当に反映されるのみで、基本給自体には反映されていない(B及び原告は、入社以来、職位の昇進を理由にして基本給を引き上げられたことがなく、また、本件男子四名中のBを除く三名の場合も、それぞれ昇進時期が異なるのに、基本給の差に影響を与えていない。)。

そして、女子社員の基本給は、男子社員と同一賃金で入社した新卒の一名を除き、いずれも、男子社員の賃金水準に比して概して低額であるのに対し、男子社員には、右の賃金水準から乖離した低額な基本給の支給を受けている者は存在しない。

7  原告の賃金

原告の賃金の基本給部分は、昭和五七年度までは比例配分及び定額昇給という一律の機械的な昇給方法が採られていたため、原告と本件男子社員四名間の初任給格差がほぼそのまま維持され、昭和四八年度の格差是正及び昭和五八年度の評価配分によっても、右格差は解消されることなく経過し、その結果として、昭和五七年度以降の本件賃金格差が生じるに至ったものである。昭和五七年四月時点の前記賃金分布表においても、原告は、原告が同年齢の男子であったならば支給を受けたであろう賃金水準と比較すると著しく低額な基本給の支給を受けていたにとどまる。しかも、新卒入社の一名を除く女子社員相互間では、原告の方が他の女子社員よりも男子の賃金水準との乖離は大きい。

四以上の事実を前提にして、原告の主張する賃金請求及び不法行為に基づく損害賠償請求について判断する。

1 原告は、本件賃金格差は労働基準法四条に違反する賃金差別に当たるとしたうえ、労働基準法四条違反の賃金差別がある場合、労働契約のうちの賃金差別に関する部分は無効となり、この無効となった部分は労働基準法一三条の類推適用により男子の基準によることになるから、原告は男子の基準に基づいて算出した金額と現実に支給された賃金との差額について賃金請求権を有すると主張する。しかし、一般に賃金は、使用者の具体的な意思表示によって支給額が決定又は変更されるものであるから、たとえ原告が労働基準法四条違反の賃金差別を受けていたとしても、使用者の具体的な意思表示にかかわらず、当然に男子の賃金基準に基づいて算出した金額と現実に支給された賃金との差額について賃金請求権を有するものではないと解するのが相当である。したがって、原告の右主張は採用することができない。

しかし、労働基準法四条に違反する賃金差別は違法であって、不法行為に当たるから、原告の受けた賃金差別が女子であることを理由にしたものと認められる場合には、原告は、不法行為に基づき、被告に対し、賃金差別と相当因果関係に立つ損害の賠償を請求し得ると解すべきであるから、以下において、本件賃金格差が労働基準法四条に違反する違法な賃金差別に当たるか否かについて判断することとする。

2 原告と本件男子社員四名の昭和五七年四月以降の本件賃金格差は、被告における昇給方法が比例配分及び定額昇給という一律の機械的な昇給であったため、原告と本件男子社員四名間の初任給格差がほぼそのまま維持されて生じるに至ったものであることは、前記認定したとおりである。そこで、初任給格差そのものが原告が女子であることを理由とする不合理な差別扱いによるものであったかどうか、また、初任給格差は合理的なものであったが、その後の事情の変化により原告が提供する労働の質と量が変化したにもかかわらず、適切な是正が行われないで放置された結果として、不合理な賃金格差が発生、維持ないし拡大するに至ったものかどうかが問題となる。

まず、原告と本件男子社員四名間の初任給格差が合理的なものであったか否かについて検討すると、前記認定したところによれば、原告は、夫甲野謙三が当時の被告代表取締役亀山幸三の要請を受けて入社するに際し原告の入社を条件としたことから右甲野謙三とほぼ同時期に入社したものであること、原告は、入社当初の時点では、右甲野謙三が責任者となる予定であった切手販売部門において、シートから切手を切り取り、これをビニール袋に入れたり台紙に貼付したりするなどのいわば補助的・定型的業務に従事する予定であったこと、原告の初任給は、原告と右亀山幸三との間の個別的な交渉により決定されたもので、本件男子社員四名のいずれの初任給と比較しても低額であったが、原告は、右亀山幸三から、いずれ適正なものに是正するということをいわれていたこと、これに対して、本件男子社員四名のうち、Bはロシア語に関する素養や書籍取扱いの経験があって入社し、一年足らずで大阪営業所長代理となったこと、Aは日本共産党常任委員の経験がありソビエトの思想等に関する知識があったこと、Cはソ連関連の図書を扱う同業他社での経験を有し、入社と同時に大阪営業所長となったこと、Dは大阪営業所において自動車運転免許を有する外販員として入社したことなどの諸事情からすると、原告と本件男子社員四名間の初任給格差には、それ相応の理由があるということができ、したがって、右初任給格差が直ちに原告が女子であることを理由とする不合理な差別扱いであったとまではいうことができない。

しかし、原告と本件男子社員四名間の初任給格差が不合理な差別扱いであったとまではいえないとしても、それは、原告が入社した昭和四一年頃の時点における事情にとどまるもので、原告が違法な賃金差別であると主張する昭和五七年度以降の本件賃金格差の合理的理由となり得ないことは明らかである。したがって、原告が入社後における被告社内の事情の変化に応じて男子社員と質及び量において同等の労働に従事するようになったにもかかわらず、初任給格差が是正されることなく、そのまま放置された結果として初任給格差が維持ないし拡大するに至った場合には、その格差が労働基準法四条に違反する違法な賃金差別となる場合のあることは、否定し得ないところである。

3 そこで、右の見地から原告の具体的労働の内容を検討すると、原告は、入社の翌年である昭和四二年には、被告本社の有力社員が相次いで退社して神田店の店員三名のうち店長藤川享及び女子店員一名が本社へ配転されたことに伴い、神田店責任者としての業務を一人で担当するようになったが、更に、入社七年目の昭和四七年一月頃には、一名の部下を持ち、売店全体の管理、運営を任務とする神田店責任者としての職務に加え、高度の判断能力を要するエヌカー発注業務をも担当するようになったことは、前記認定のとおりである。このような経過に鑑みれば、原告は、遅くとも昭和四七年一月頃の時点では、入社当初の時点で従事することが予定されていた補助的・定型的業務とは明らかに異なる業務を担当するに至ったものであり、その職務内容、責任、技能等のいずれの点においても、勤続年数及び年齢が比較的近い本件男子社員四名の職務と比較して劣らないものであったと評価することができる。このことは、原告の前任者或いは後任者として、神田店の店長に就任した藤川享(昭和四〇年一二月から昭和四二年五月までの間及び昭和五四年二月から昭和五五年一月までの間)及び二神淑子(昭和六三年二月以降)が、いずれも大学卒業の学歴を有する者(しかも、藤川享の二度目の就任時の役職は常務取締役)であること、原告は、昭和四七年一月頃から昭和六三年一月三一日に定年退職するまでの間、神田店の責任者及び店長としての職務を適切に遂行するために精進を重ね、その職責を全うしたことによっても裏付けられるところである。

してみると、原告は、遅くとも神田店の責任者としての業務に加えエヌカー発注業務を担当するようになった昭和四七年一月頃の時点では、入社当初とは異なり、質及び量において男子社員が従事するのと同等と評価し得る業務に従事するに至ったと認めるのが相当であるから、使用者たる被告としては、右時点以降、原告の賃金を男子並みに是正する必要があったというべきであり、たとえ、他の社員との関係上従来の賃金を急激に変更するのは好ましくないなどの事情があったとしても、右時点から一〇年以上を経過して格差是正のために必要かつ十分な期間が経過した昭和五七年五月頃の時点では、原告と男子社員との間の賃金格差は、合理的な範囲内に是正されていなければならなかったものというべきである。

4  次に、右是正に当たって基準とすべき賃金額が問題となるが、原告は、被告では年功型賃金基準を採用しているから、是正の基準となる男子社員の賃金としては、原告の部下であったBの基本給額に原告とBとの間の三歳の年齢差分二万一〇〇〇円を加算した賃金額を基準とすべきであると主張する。

しかし、原告より基本給額の高いBが職位上原告の部下となったのは、Bが注文ミスによって昭和六〇年四月に次長から課長に降格されたが基本給額には影響がなかったという特殊な事情に基づくものであるうえ、被告の賃金基準においては、年功的要因、とりわけ年齢との相関性が強い傾向にあることは前記のとおりであるが、年齢が一歳上がるごとに基本給が一定額ずつ上がるというような明確な賃金体系が採用されていたわけではなく、また、原告が賃金格差の比較対象として挙示する本件男子社員四名の相互間においても、基本給額は全く一致しておらず、年齢差がそのまま基本給額の差とはなっていないことが認められる。したがって、本件男子社員四名のうちBのみの基本給額を捉え、これに年齢差分を加算した額をもって是正の基準とすべき賃金額とするのは、職位上はBが原告の部下であったことを考慮しても、便宜的で根拠に乏しく、さればといって、本件男子社員四名のうち原告の基本給額との格差が最も大きいAやC或いは格差が最も少ないDの基本給額をもって是正の基準とするのも相当ではないから、結局は、原告と年齢及び勤続年数が比較的近い本件男子社員四名全員の基本給額の平均額をもって是正の基準とするのが最も合理的であると考えられる。

そうすると、是正の基準となる基本給額は、別表7③欄のとおり、いずれも一か月につき、昭和五七年度において三〇万二一七五円、昭和五八年度において三一万五一三二円、昭和五九年度において三二万八四七七円、昭和六〇年度において三四万一二六七円、昭和六一年度において三五万二八四二円、昭和六二年度において三六万四四七五円となる。もっとも、右のうち、昭和六一年度及び昭和六二年度については、本件男子社員四名のうちBを除く三名の基本給額が明らかでないので、単純に本件男子社員四名の基本給の平均額を算定することはできないが、昭和五七年度から昭和六〇年度までの昇給率をみると、いずれも、本件男子社員四名の平均基本給の方が原告の基本給よりも高い比率で昇給してきたことが認められるから、本件男子社員四名は、昭和六一年度及び六二年度においても、少なくとも原告の昇給率より下回らない比率、すなわち、昭和六一年度は昭和六〇年度に比し1.03392、昭和六二年度は昭和六一年度に比し1.03297より下回らない比率で昇給したとの前提で基本給額を算定して妨げがないと解される。

5 ところが、前記認定したところによれば、被告は、中途入社のため初任給が低額であった男子社員については、随時行われる格差是正の中で多数回の是正を行うことによって基本給格差を是正し、その中には、八回にわたり合計三万六〇〇〇円、五回にわたり合計四万一二五〇円の格差是正をした者が存在する一方で、女子社員である原告については、昭和四七年一月以降、職務内容、責任、技能等の点で本件男子社員四名と同等と評価できる業務に従事するに至ったにもかかわらず、昭和四八年度に不十分な格差是正を一回行っただけで、他に本件男子社員四名との間の基本給格差を解消する何らの措置をも講じなかったのである。その結果、原告と本件男子社員四名との間では、別表7④欄のとおり、いずれも一か月につき、昭和五七年度において三万九九一五円、昭和五八年度において四万二五九二円、昭和五九年度において四万五五六七円、昭和六〇年度において四万七九七七円、昭和六一年度において四万九六〇二円、昭和六二年度において五万一二三五円の格差が生じたのである。

ところで、被告は、原告と本件男子社員四名との間の本件賃金格差について、労働組合との交渉によって決定される昇給率は男女一律であり、被告の裁量によって随時行われる格差是正においても、男女の差別扱いはないから、本件賃金格差も合理的なものであると主張する。しかしながら、年齢、勤続年数を同じくする男女間の賃金格差の合理的理由となり得るのは、その提供する労働の質及び量に差異がある場合に限られるべきであって、被告が主張する右事情のみでは本件賃金格差の合理的理由とはなり得ない。また、労働組合との交渉によって決定される昇給率は男女一律であって男女差別がなかったとの主張については、右主張が労働組合との交渉による制約があるとの趣旨を含むものとしても、これが男女差別賃金の合理化の理由となり得ないことは多言を要しないうえ、賃金格差を是正する手段は、昇給のみに限られるわけではなく、現に被告においては、随時に格差是正を行い、中途入社の男子社員に対しては多額の格差是正をした例もあったのであるから、右の事情は本件賃金格差の合理的理由とはなり得ない。

更に、被告は、原告が受けた格差是正額と本件男子社員四名が受けた格差是正額とを比較して、原告と本件男子社員四名の間に差別はなかったとも主張するが、本件男子社員四名は、もともと、ほぼ同時期に入社した原告より高額の基本給の支給を受けていて、被告における賃金水準、勤続年数及び年齢のいずれの点からみても、格差是正の必要をみない者であったのであるから、原告と本件男子社員四名の格差是正額と対比するのは相当でなく、格差是正を問題とするのであれば、むしろ、中途入社のために初任給を低く決定された男子社員と対比されるべきである。その意味で、右格差是正の対象となるべき者は、被告社員のすべてではないから、単純に格差是正総額を格差是正対象社員で均等に割った金額が僅かであるから男女差別はあり得ないとの被告の主張も採用の限りではない。

また、被告は、格差是正は当該年度の組合との協定後に行われることから、労使交渉で妥結した額を無視した大きな額の是正はできないと主張するが、これもまた、右に説示したところ及び被告が実際に行ってきた格差是正の実績に照らして理由のないことは明らかである。なお、格差是正の要否の判断は、主として各社員の勤続年数、年齢等の対比に基づいて行われるもので、職務、能率、責任及び技能などは考慮されない扱いとなっていたことは、前記のとおりであるが、そうだからといって、職務、能率、責任及び技能などに差異がないのに基本給に格差のある本件のような場合について、そもそも、格差是正をすることができないとか又は格差是正の必要がないことにならないのはいうまでもない。

なお、<書証番号略>と原告本人尋問の結果(第一回)によれば、被告の代表取締役菰田尚夫は、昭和六二年一二月二日、原告の賃金差別について原告及び支援の労働組合員らと話合いをした際、原告が夫婦で入社したことや夫甲野謙三が被告の役員であったことが原告の賃金が低く押えられてきた事情であるかのように述べたことが認められる。そして、前記のとおり、原告と同じ女子社員の中にも、二回で合計三万円、二回で合計一万一〇〇〇円、一回で一万円の格差是正を受けた者がいること、昭和五七年四月時点における被告社員の賃金分布表によると、女子社員の中でも、男子社員と同一賃金で入社した新卒の一名を除くと、原告の方が他の女子社員より男子の賃金水準との乖離が大きいこと、証人甲野謙三の証言中には、昭和四八年度に原告に対して五〇〇〇円の格差是正をした際、被告の社内には反対が大分あったと述べた部分があることなどを勘案すると、原告の基本給が本件男子社員四名並みに是正されることなく低額のまま経過してきたのは、原告が夫甲野謙三とほぼ同時期に入社しその後も共稼ぎをしてきたことが少なからぬ原因となったのではないかと推認される。右にみたように、女子社員の中にも少ない回数で多額の格差是正を受けた者がいること、原告の方が他の女子社員よりも男子社員の賃金水準との乖離が大きいことなどは、このことを裏付けるに足りる事情といい得る(原告以外の女子社員の賃金水準が男子社員のそれと比較して乖離していることについては、その従事している業務の内容が明らかでないので、不合理な差別に当たるかどうかを判断することはできない。)。しかし、夫婦が同じ会社で共稼ぎをしているからといって、また、夫が会社の役員であるからといって、労働の質及び量に関係なく妻の賃金を低額に押えても構わないとはいえないから、右事情は、到底、賃金差別の合理的な理由とはなり得ない。

ほかに、原告と本件男子社員との間の本件賃金格差が合理的な理由によることを認めるべき証拠はない。

6  以上によれば、被告は、遅くとも昭和四七年一月頃以降、原告の基本給を本件男子社員四名の平均基本給までに是正すべきであったにもかかわらず、これを放置して適切な是正措置を講じなかったもので、その結果として、原告の基本給と本件男子社員四名の基本給との間に格差が生じたことが認められるから、原告が主張する昭和五七年度以降の本件賃金格差は、原告が女子であることのみを理由としたものか又は原告が共稼ぎであって家計の主たる維持者でないことを理由としたもので、一か月当たりの賃金格差の金額も決して少なくないことを加味すれば、労働基準法四条に違反する違法な賃金差別というほかはなく、しかも、適切な是正措置を講じなかったことについて被告に過失のあることは免れないから、不法行為に当たると解するのが相当であり、したがって、原告は、被告に対して、右賃金差別と相当因果関係に立つ損害の賠償を請求し得るものというべきである。

五損害額

1  賃金について

(一)  本件における男子の基準賃金としては、前記説示のとおり、本件男子社員四名の平均基本給が基準となり、原告は少なくとも右基準までは賃金格差を是正されるべきであったから、右基本給額と原告が実際に支給を受けた賃金との差額が損害額となる。

その結果、男子の基準による原告の基本給は、別表7③欄のとおりとなり、基本給の差額は別表7④欄のとおりとなる。したがって、昭和五七年五月から原告が定年退職する昭和六三年一月三一日までの間に原告が得べかりし基本給の差額合計金額は、別表7⑤欄のとおり、三一八万〇二七一円となる。

(二)  昭和五七年五月以降昭和六三年一月三一日原告が定年退職するまでの間の期末手当支給基準が別表8の支給基準欄のとおりであることは、当事者間に争いがない。

したがって、原告の得べかりし期末手当の差額合計金額は、別表8のとおり、七九万一八三五円となる。

(三)  以上により、原告が違法な賃金差別によって受けた賃金及び期末手当の差額相当損害額は、(一)と(二)を合わせた三九七万二一〇六円となる。

2  退職金について

(一)  算定の基礎となる基本給について

男子の基準賃金に基づいて算出された退職金と原告が現に支給を受けた退職金との差額は、本件賃金差別と相当因果関係に立つ損害である。

原告の退職金算定の基礎となる基本給の額は、本件男子社員四名の平均賃金である三六万四四七五円となる。

(二)  退職金支給率について

原告は、退職金支給率表(<書証番号略>)に基づき、原告の退職金支給率は25.3であると主張するのに対し、被告は、右退職金支給率表は成立しておらず、社内慣行として確立されている本件内規(<書証番号略>)によると、原告の退職金支給率は一一であると主張するので、以下において判断する。

<書証番号略>、証人甲野謙三の証言、原告本人及び被告代表者本人尋問の各結果(いずれも第一、第二回)を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 被告の就業規則四二条には、「社員の退職金については、社員退職金規程による。」と規定されていたが、被告には社員退職金規程が存在せず、これに代わるものとして、被告の前代表取締役渡辺三樹男が在職中に内規として定めた退職金支給基準表なるメモ(<書証番号略>)が存在していた。被告は、退職者に対し、本件内規の支給率に基づいて算出された退職金を支給してきており、本件内規は、労使間の慣行として確立し、労働契約の内容となっていた。

(2) 被告は、本件内規を退職金規程として整備し、退職金支給率を引き上げ、企業年金制度を取り入れることとして、役員会において退職金支給率表(<書証番号略>)を別表とする社員退職金規程案(<書証番号略>)及び退職年金制度規程案を決定し、昭和四八年四月六日、使用者側案として日ソ図書労働組合(以下「労働組合」という。)に提案した。しかし、退職年金制度規程案については、労働組合の賛同を得られたが、社員退職金規程案については、同規程六条に規定された役員の功労加算に異議があるとして、その賛同を得られなかったため、被告は、昭和四八年四月二五日、飯田橋労働基準監督署に対し、退職年金制度規程及び労働組合の意見書を添付して、「退職年金制度規程を制定し、就業規則別則とする。」との内容の就業規則(変更)届を提出した。右変更届には、社員退職金規程の制定については、何ら言及されていない。

(3) 被告は、本件内規を前提として退職金を支給していた勤続年数三年未満の者について、退職金を支給しないことに扱いを変更し、昭和五五年一一月一三日付けの「退職金支給基準(内規)の一部変更について」と題する書面によって、その旨を各社員に通知した。

(4) その後、労働組合は、被告に対し、昭和六一年六月一六日付けの「一九八六年夏季要求」と題する書面において、社員退職金規程案の提示期限を示すことを要求し、被告は、同年七月二九日頃、昭和四八年に提示した案とは異なる支給率表を伴う退職金規程案を労働組合に提示し、退職金規程制定に向けた労使間協議が再開された。

(5) 被告は、平成元年一〇月三〇日、飯田橋労働基準監督署に対し、「退職金支給率表による退職金は、世間的水準と比較して低額であり労組として不満を表明するものである。早期改善を強く要望する。」との労働組合の意見書を添付して、社員退職金規程の就業規則(変更)届を届け出た。

(6) 被告は、昭和四八年四月六日に社員退職金規程案を労働組合に提案したときから平成元年一〇月三〇日に就業規則(変更)届を提出するまでの間に退職した社員については、本件内規に基づいて算定した退職金を支給した。

右事実によれば、原告が支給率の根拠とする退職金支給率表<書証番号略>を別表とする社員退職金規程は、使用者側案として労働組合に提案されたが、同規程は、労働組合の反対により結局は成立するに至らなかったもので、就業規則として労働基準監督署に届けられてもいないから、原告の退職時の退職金支給基準となるのは、原告の主張する退職金支給率表ではなく、本件内規であると認めるのが相当である。

これに対し、原告は、社員退職金規程と退職年金制度規程は、その内容からみても、両規程が同時に提示されたことからみても、一体のものであるから、退職年金制度規程が効力を生じた以上、社員退職金規程の効力も生じたと主張する。しかし、両規程が同時に提案されたからといって、その効力を共にするほどの一体のものとみることはできないし、退職年金制度規程は退職金の支給が前提となるものであるが、被告においては、従前から退職金支給基準として本件内規が確立し、退職年金制度規程のみを成立させて社員退職金規程を廃案とすることに何らの支障はなかったのであるから、そもそも両規程を一体のものとみる余地はない。

また、原告は、退職金支給率表を別表とする社員退職金規程が取締役会において全員一致で決定され、これが労働組合に提示された時点で、同規程が有効に成立し、本件内規の支給率も変更されたものと主張する。しかし、前記認定した事実によれば、右退職金規程は、被告の取締役会で案として決定され、労働組合にも使用者側の案として提案されたもので、労働組合の態度如何にかかわらない確定された規程として提示されたものでないことが明らかであるから、原告の右主張も採用することができない。

そうすると、原告の退職時の退職金支給率は、本件内規の定めるところに基づいて一一と認めるのが相当であり、これによれば、原告の得べかりし退職金は、四〇〇万九二二五円となる。

(三)  退職年金控除について

被告が原告の退職金総額から企業年金相当額として一一二万一四〇〇円を控除したのに対し、原告は、退職金総額から企業年金相当額として控除されるべき金額は九九万五九〇〇円であると主張する。

被告が原告に対し、その退職金から退職金年金制度規程に基づく企業年金月額一万八六九〇円の五年相当分一一二万一四〇〇円を控除して支給したこと、右企業年金分については、原告が一時金受給を選択したため、三井生命保険相互会社が原告に対し、右企業年金総額から一時金支払に伴う約定控除額を控除した九九万五九〇〇円を一時金として支払ったことは、当事者間に争いがない。

そして、<書証番号略>によれば、退職年金制度規程一六条には「この制度により退職年金又は一時金の支給を受ける者については、退職年金の年金現価相当額又は一時金の額を他の規程により支給されるべき退職金の額から控除する。」と規定されていることが認められ、同条によれば、原告の退職金から控除されるべき金額は、原告が三井生命保険相互会社から支給を受けた年金に代わる一時金相当額である九九万五九〇〇円であるというべきである。なお、同規程九条には、退職年金の受給資格者又は受給者が年金に代えて一時金の支給を希望することのできる場合を列挙しているが、ここでは一時金を支給した後の控除額が問題となっているのであるから、原告に右列挙に該当する事由が存在したか否かは、結論に関係がない。

したがって、被告が原告の退職金から控除すべき額は、被告が控除した一一二万一四〇〇円ではなく、九九万五九〇〇円である。

(四)  原告が被告から実際に支給を受けた退職金が二三二万四二四〇円であることは、当事者間に争いがない。

(五)  以上に基づいて、被告の不法行為により原告が支給を受けることができなかった退職金残金相当額を算定すると、次のとおりとなる。

(1) 原告の得べかりし退職金 四〇〇万九二二五円

(2) 退職年金制度規程一六条に基づいて、退職金から控除されるべき企業年金相当額 九九万五九〇〇円

(3) 原告が被告から実際に支給を受けた退職金 二三二万四二四〇円

(4) 退職金残金((1)―(2)―(3)) 六八万九〇八五円

六消滅時効の主張について

被告は、原告は被告に入社した当初から賃金差別があったことを覚知していたから、不法行為に基づく損害賠償請求権のうち、昭和五七年五月分から昭和六〇年一二月分までの差額賃金相当額の損害賠償請求権については、各賃金の支払日が時効の起算点となり、すでに三年の経過により消滅時効が完成していると主張する。

しかし、原告が不法行為により損害を被ったことを知ったというためには、単に賃金格差の存在を知ったというだけでは足りず、その格差が違法な賃金差別によることまでをも認識する必要があると解されるところ、原告が入社当初から違法な賃金差別があったことを覚知していたことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、<書証番号略>、原告本人及び被告代表者本人尋問の各結果(いずれも第一回)によれば、原告は、昭和六二年五月頃、原告とBとの間に賃金格差が存在することを知り、同年九月二五日、原告と被告代表取締役菰田尚夫との話合いの席上で、同人が一般的に男子と女子との間の賃金格差の存在を認める発言をしたことが認められ、右事実によれば、原告は、昭和六二年九月二五日の右話合いの場において、原告の賃金格差が違法な賃金差別であることを初めて認識したものと認めるのが相当である。

別表1

原告と本件男子社員4名の入社時期、入社年齢、学歴、初任給、昭和57年度以降の基本給

生年

月日

入社

時期

入社

年齢

学歴

初任給

昭和57年度

基本給

昭和58年度

基本給

昭和59年度

基本給

昭和60年度

基本給

昭和61年度

基本給

昭和62年度

基本給

原告

昭3.1

41.3

38歳

旧制高等

女学校卒

31,000

262,260

272,540

282,910

293,290

303,240

313,240

A

4.10

40.2

35

新制大学

法学部中退

39,500

309,520

322,050

334,180

345,040

B

5.11

41.6

35

旧制専門学校

ロシア語科卒

43,200

306,170

318,600

330,630

343,110

353,800

364,710

C

6.11

40.2

33

新制高等学校卒

37,500

307,020

321,030

336,960

351,710

D

7.12

40.9

32

新制高等学校卒

37,000

285,990

298,850

312,140

325,210

なお、<書証番号略>、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、昭和四八年頃、経理担当の女子社員から、自己の賃金が男子社員の水準よりも低額であることを知らされて、その是正を労働組合の大会に議題として取り上げて欲しい旨を申し入れたが拒否されたことが認められるが、他方、<書証番号略>及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、右時点では、男子社員との間に賃金格差があることを漠然と認識していたにとどまり、それ以降においても、被告に客観的な賃金の支給基準が存在しなかったこともあって、男子社員との間に賃金格差の存在を具体的には知り得なかったことが認められるから、右事実は前記認定を覆すには足りない。

そうすると、原告が、右昭和六二年九月二五日から三年以内の平成元年一月二三日陳述の準備書面において不法行為による損害賠償の請求をしたことは、当裁判所に顕著な事実であるから、原告の不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は完成していないことになる。

七結論

以上によれば、原告の本訴請求は、不法行為に基づく損害賠償として、金四六六万一一九一円及びこれに対する弁済期経過後である昭和六三年七月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官太田豊 裁判官坂本宗一 裁判官山本剛史は、転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官太田豊)

別表2ないし8<省略>

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